このタイミングで読まなければ意味が無いと思って購入した1冊.この分野には馴染みがありiPS細胞に関して大体のところは把握していたのだが,それでも色々と面白い部分があり,自分の理解を再確認する意味でもなかなかに読み応えがある内容だった.

本書は2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞された京都大学の山中伸弥教授の研究遍歴などについて書かれた自伝的作品である.前半部では主に,山中先生が研究を目指されたきっかけであったり学生時代や研究時代の様々な逸話を通して,その研究観であったり興味の移り変わりが語られる.そして,グラッドストーン研究所への留学や奈良先端科学技術大学院大学の助教授就任,京都大学への再生医科学研究所への転属といった研究の道を歩まれる中で,ノーベル賞受賞へと導いたiPS細胞の研究の話へとつながっていく.また,後半には対談形式で現在の研究に関する話も収められている.

題材としては研究人生であったりiPS細胞であったりと専門性があり難しい内容でありながら,語り口は非常に軽く,欄外の注釈や写真も充実しているなど,中学生・高校生から一般の人にとっても問題なく読める書き方をされている.例えばiPS細胞の遺伝子と転写因子の関係を本としおりに喩えて説明されているなど,その生物学的な特徴や細胞をリプログラミングする仕組みのみならず,研究する動機となったES細胞の倫理的側面や今後の医療への応用の展望などもあわせて紹介されている.

ノーベル賞受賞を受けて出版というだけあって,ニュースだけの情報に物足なさを感じる人向けの気軽に読める1冊となっている.iPS細胞というトピックに関して,現状としては取り敢えず今は本書を読んでおけば問題ないんじゃないだろうか.ただし,これから問題になるであろう倫理問題や研究を促進するための法的整備などの詳しい話はあまり触れられていないので,そっちが読みたい人はむしろ少し前のES細胞周りの文献を当たった方が良さそうな気がする.個人的な要望としては,もう少し世間が落ち着いてiPS細胞に対する評価がまとまった頃に,今度はもっと詳しい内容で研究競争などの専門的な話を盛り込んだ本を出していただきたいところ.