本書の元となった文章のことは前々から知っていたし,pdfファイルもPCにダウンロードしていたのだけれども,結局その文章を読むことはなかった.書店で本書が並んでいるのを見た時に「関心があるだけフリをしているだけではダメだ」と思って本書を購入し,まとまった時間を作って一気に読んだ.

本書はタイトルの通り,原発事故後の日本に暮らす私達が放射線とどう付き合っていけばよいかについて,科学的な知見を紹介する内容となっている.本の中で説明されるのは,放射線の基礎的な性質や放射線が生物にどのように影響を与えるのかといった仕組み,そして国際的に認められた機関が放射線と人間の関係においてどのような基準を作っているのかといった,あくまで判断材料としての基礎的な情報だ.そのため,今の生活が安心なのかそれとも危険なのかといった結論は,直接的には書かれていない.あくまで判断をするのは私達自身だという前提のもとで,できるだけ専門性は排除して初学者にも分かりやすい形で本書は構成されている.

本書を書かれた田崎晴明氏は,個人的には統計力学の先生というイメージが強い.分野が違うのに何故と最初は思っていたのだが,本書を読むにつれ,田崎氏の科学者として正しい情報を普及させたいという真摯な態度が伝わってきて,その理由が納得できた.非専門家でありながらも,放射線の説明は見事としか言いようがない.問題の本質をしっかりと捉え,噛み砕いた形でありながらも正確さを損なっていない.特に,放射線は化学反応とは別の次元の物理現象なのだという前提は,まさに放射線を取り巻く全ての問題のを理解する上で知っておくべき一番重要なことだろう.他にも,不正確な情報の中からいかに上限を見積もって判断材料にするかといったことも述べられており,科学的な考え方のエッセンスが詰まっている.そういった面でも非常に参考になる本であり,啓蒙書としての見本となるような文章だと感じた.