久々に,眺めるだけで楽しく好奇心を刺激される本に出会った.まさに大人の図鑑といった趣で,とにかく見ているだけで楽しい.もちろん系統樹の歴史であったり掲載されている図版の説明もしっかりと書かれているので,文章を読んで楽しい本でもある.しかしながら,次々と目に飛び込んでくる古今東西ありとあらゆる種類の系統樹たるや,早く色んな絵を見たいと文字を追うのを忘れてページをめくりたいと思わせるほどである.

本書は「系統樹思考の世界 (講談社現代新書)」や「分類思考の世界 (講談社現代新書)」などの著作で知られる三中信宏氏の著作である.図版に関しては杉山久仁彦氏が別にクレジットされているが,「進化が語る 現在・過去・未来(別冊日経サイエンス185) (別冊日経サイエンス 185)」にある茂木健一郎氏との対談を読む限りでは,三中氏本人も相当のコレクターであると思われる.本書では,三中氏の専門に深いつながりがある系統樹のみならず,人間がこれまで生み出してきた分類にまつわるありとあらゆる図形に焦点をあてることによって,人間がオブジェクトを分類するという行為について体系化しようといった内容となっている.この中で紹介される図版は,大昔にかかれた家系図から始まり,宗教画などのモチーフ,ヘッケルの分類体系以降の科学的な記述,そして現代の複雑ネットワークなどの可視化にまで及ぶ.これはまさに「図形言語」と呼ぶに相応しい自然言語と並ぶ人類の発明であり,人間がどのように考える道具として図形を扱ってきたのかといった歴史を辿るものでもある.そういった系統樹に代表される図形を通して,図形が何を示しているのかといった基本的な読み方から,様々な工夫が加えられていく図形の変移の過程,そして副題にもあるチェイン・ツリー・ネットワークという概念の構築が考察される.

本書はタイトルに系統樹とあって生物学としてのイメージが強いものの,ある程度知識があればどんな分野の人でも楽しく読める内容だと思われる.個人的には,特に統計や情報系の人間であればベン図の表記に慣れ親しんでいるし,デンドログラムはどの段階で見るかでクラスタリング結果が違ってくるといったことはよく知られているわけで,もしかしたら生物学の人間以上に楽しめるんじゃないかと思う.ノードとエッジを基本にしたグラフ理論に繋がる話題でもあるし,最近のインフォグラフィックとしても興味深く見ることができる.そういった意味でも,生物系と情報系の中間にいる私にとっては,非常に満足度の高い1冊だった.