森博嗣の思考術とでも言うべきか.あとがきには仕事術に関する本を書いてくれと頼まれたとあるが,元研究者の著者としてはその二つは同義だろう.本書は「抽象的思考」を軸に,著者が世の中のあらゆる問題に対してどう考えていくのかといったことが丁寧に解説される.とは言うものの,人の脳みその中で行われる捉えどころの無いものを,直接文字として起こすことはできない.本書においても,方法論として述べられるところはあるものの,基本的には森博嗣本人が「どのような考え方であるのか」ということが中心となる.しかしながら,それはアプローチの方法であり,問題の定義の仕方であり,問題に対して自分がどう接していくのかということに繋がる.何も突拍子もない思考の跳躍をしているわけではなく,問題を一歩引いて眺めたり,多面的に捉えたりと,そのアプローチには「枠」があり,それが抽象化である.

さて,本書で個人的に一番面白かったのが,著者が思考というものを「庭」に喩えている最後の章だ.抽象的思考というものを抽象的に捉えたらということを突き詰めた結果,著者は趣味のガーデニングに行き着いたようだ.ガーデニングは思いの外難しいらしい.思い描く理想の庭を人工的に作っても,植物はいずれ朽ちてしまう.どれだけ手を加えても,時間の流れには逆らえない.しかし,その摂理に虚無的になるのではなく,継続して何かし続けることで,その行為がまた新たな結果を生む.そういった論理では測れない「自然」的な要素が,著者の考える思考の本質なのだという.自分の思考を育てるという意味で,地道な努力によって自分の「庭」を作っていくほか無い.それは,人に強制されたり刷り込まれるものではなく,自発的なもの,結論が出るまでに時間を要するもの,人の一生をかけて理想に近づけていくというものであるというのが著者の思考術である.