STAP細胞に端を発する自然科学分野の論文捏造の背景にある,現在の生物学・医学研究が抱える根本的問題に焦点を当てた本書.STAP細胞の論文のどこに致命的欠陥があったかを出発点にして,論文捏造のメカニズムや方法,そして論文捏造が行われるに至る「研究者の日常」というものを知ることができる.

表面的な問題としての実験画像の加工や文章の剽窃などは,もとを辿ればアカデミアにおける論文至上主義的な評価制度に行き着く.研究者の研究の質を評価するのは非常に難しい.だからこそインパクトファクターが生まれ,引用回数が指標になり,そして研究者は「もっと多くの論文!もっと良い論文誌!」と躍起になる.それ自体が悪いとは言うことができないが,その裏にある不公平なシステムや非科学的な態度には大いに問題がある.研究者として成功するためのプレッシャー,信用で成り立つ論文誌のレビュー,論文に記載できるマテメソの文字数の制限,不十分な実験設備の管理,研究室で常態化する謎の風習などなど,本書を読むとその異常性がはっきりとわかる.それと同時に,さまざまな圧力に板挟みになる研究者の身動きのとれなさがひしひしと伝わってくる.

自然科学の研究者について何も知識がないと読み通して理解するのはつらいかもしれないけれども,大学で研究室に配属されたことのある学生くらいなら本書は非常によい勉強材料となると思われる.バイオ研究の中でもがいている人も,バイオ分野を知らない外野の人間にも,ぜひ読んで研究という行為について考えてみて欲しい.

あと最後に,本書を書いた人はぜひとも文責を負うという意味でも本書に名前を明記すべきだと思う.たとえそれがハンドルネームや偽名でも良いので,「暗黒通信団」という団体名義で書くのではなく,一個人がその経験から研究者の現状を憂い真摯に告発するという態度を示してほしかった.本書に書かれている内容がかなり具体例が入り混じって際どいのはわかるが,その部分を曖昧にしてしまうと本書が持つ意味的な切れ味も悪くなると思う.こういったことは暗黒通信団だからこそできる素晴らしい活動だと思うので,一貫した理念でこれからも活動してほしいと思う.陰ながら応援しています.