本書はむしろ確率論・統計学の科学史についてのライトな読み物だ.著者は本書のことを「確率や統計の教科書にあるようなコラムをまとめて1冊にした本」のように言い表しているが,そういった欄外の豆知識にとどまらない,科学史としての体系だった内容になっている.

本書は基本的に確率や統計にまつわる逸話をもとにして,その背景にある数学的な理論であったり,数学の一分野として発展してきた歴史やそれを支えた数学者を紹介するという流れになっている.例えば「サイコロを4回振って6の目が1回以上出る確率と,2つのサイコロを24回振って6のゾロ目が1回以上出る確率をそれぞれ求めよ」(本書P.25より)といった具体的な問題から,当時の天才数学者のだれそれが分野の発展に一役買っただとか,数学者の名前が付けられた定理や手法は数あれど実際に初めてそれを発見した人物の名が付けられていない場合が多いといった逸話などが,本書題名にある通りいくつも盛り込まれている.

取り扱う確率や統計の内容だって.そこいらの教科書に引けを取らない充実ぶりだ.むしろ本書は歴史的経緯や逸話と絡めて紹介されるぶん,教科書よりもはるかに分かりやすいところも多い.例えば,母関数とジッシャーマン・ダイスの例なんてのは目から鱗だった.それこそ教科書では何故そのような関数が出てくるかなんて分からなかったから,実際の使い方を見ることで私はやっと腑に落ちた.具体的な内容はぜひ本書を読んでもらいたい.そういった点で,確率や統計について既に知識がある人でも,どれだけ勉強してもいまだに苦手意識が拭えない人にとっても面白い内容だと思う.

確率や統計の科学史に関する読み物だと「統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀」や「異端の統計学 ベイズ」があり,本書後半でもたびたびこの2冊の内容に触れている.ただし,これらの本はかなり分量があり,この分野に関する前提知識もそれなりに要求される.その点本書は基本的な部分についてもその都度きちんと解説が入るし,解説を読み飛ばしたとしても問題ないようになっている点で,気構えず読み進められる1冊となっている.