本書は「ロバストネス」というシステムの安定性を支える構造の概念を軸に,そこから生物の仕組みや生存,そして進化を考えていこうといった内容となっている.まず始めにロバストネスとはいったいどういう状態を指すのかが示されたのちに,実際に飛行機などの人間が作った工業製品を例に,どのような仕組みがロバストネスを生み出しているのかが細かく解説される.そして,ロバストネスとトレードオフの関係にあるフラジリティFragilityが取り上げられ,それらが表裏一体のものとして切り離せない概念として語られる.本書は題名にもある通り,生物のロバストネスを様々な箇所で引き合いに出しながらその概念が説明されていく.そして,では病気や癌や進化といった生命活動が引き起こすものがロバストネスとどう関係してくるのかが,後半において中心の話題となっている.

普段ビジネスなどの文脈でロバストネスなどと語られると,なんだか安定したシステムでいろんな状況にでも耐えられるんでしょといった曖昧な理解で終わってしまいがちだが,本書はその点かなりしっかりとロバストネスに関して,そしてそれが示す柔軟性がどのように実現しているのかに関して個々の構造に分解して語られる.個々の部品の詳細な解説は豊富な具体例を引き合いに解説されるため,雰囲気で概要を掴んでいた人から全く知らいない人でも理解できるようになっており,入門書としてはかなり良く纏まっていると思う.

ただ,細かい部分に関して個人的に幾つか物足りなさや疑問が残る部分があったので,少し書きだしてみようと思う.

まずは,本書ではコストに関して殆ど言及されていないのが個人的には非常に引っかかる.ロバストネスを実現するには必ずコストかかる.本書前半の飛行機の例で言えば,複数のコンピュータを載せて冗長化すれば部品の故障に対応できるとあって正にその通りなのだが,そもそも使いもしないコンピュータを用意して整備して飛行機に載せて常に使えるようにしておく必要があるのだ.飛行機の場合なら安全に飛ぶことが最大の目的なので,普段は不要なコンピュータを載せておいてもまあ燃料代がかさむくらいで済むのだが,生物の場合はそうは行かない.生物は常に限られたエネルギーを使って生命活動を行わなけばいけないため,生命維持にエネルギーを使うかロバストネスを実現するためにエネルギーを使うかを常に選択し続けなければならない.工業製品の場合は大抵手を加えれば加えるだけロバストネスの質が上がっていくが,生物においてはロバストネスの維持にエネルギーを割けば普通は他の部分に手が回らなくなる.そのような点で,コストという概念は生物を考えるときに欠かせないと思うのだが,本書ではあまり触れられていなかったのが残念だった.これはある意味本書で述べられているところの「システム構造理解」において大いに問題があるのではないかと思うのだが….

こういう話をするときにいつも思い出すblog記事がある.

人工衛星を作るときに気を付けること - Lagrangian point L2

人工衛星は一度飛ばしたらハードウェアに関して全く手がつけられないという点で究極のロバストさが必要とされるものだと私は思うのだが,そのアプローチがなかなか面白い.当然色々な工夫をして故障や事故に備えるのだが,単純に基盤を多く載せたり回路を多様化すればいいというわけではなく,

「人の手」という最終兵器が使えない以上,弱点の無い衛星システムは作れず,乱暴に言えば「どの弱点を曝すのが一番マシか」という考え方になる

http://d.hatena.ne.jp/nyanp/20110411/p1

といった感じに逆の発想で弱点を軸に考えるあたりが興味深い.


あと他に残る不満点としては,進化とロバストネスの箇所も色々と突っ込みたいところなのだが,これはまあ進化に対してはあらゆる立場の人がいて非常に繊細で難しい部分なので省略する.そもそも外界の擾乱について,その質とか時間的な変化とかを何も考えなくていいの?という感じで,あんまりしっくりきていない.