本書「コード・ブルー」は,アメリカ人医師が8年間にわたる研究医時代に経験した様々な出来事に関するエッセイ集だ.著者のアトゥール・ガワンデは,このBlogの書評で以前取り上げた「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」という本の著者でもある.

医療現場という特殊な環境は,原書タイトル「Complications」が表すように複雑で困難が伴い,そして不確実な事象にあふれている.そのような入り組んだ世界を研修医だった著者自身の視点から紐解き,それぞれの問題の裏に隠れた本質を探求するとともに,医者という特殊な職業の一端を垣間見ることができるエッセイとなっている.

全14章からなる独立したエッセイは,以下のようなくくりで分けられている.

  • 第1部「不完全」では,医者が起こす誤診やミスに関する,専門家と非専門家,熟練医と研修医といった医者の質について
  • 第2部「不可解」では,現代医学が重要視してこなかった痛みや吐き気,赤面するといった生理現象や,肥満などの病気とは判断つかないものについて
  • 第3部「不確定」では,医者が直面する不確実性や確率の問題,その他の限られた情報と時間制限に対し,医者がどう主体的に解釈して判断をするのかについて

これらのエッセイは,豊富な具体例と医学研究を基にした知見を織り交ぜて,リアリティかつ繊細な語り口で描かれる.少なくとも,本書で取り上げられる内容には,はっきりとした正解がない.昔から続く慣習から抜け出せない問題であったり,時間的金銭的制約からそうせざるを得ない問題であったり,または人間の感情が複雑に入り込んだ問題であったりと,どれも「医者だってわからない」ものばかりだ.それは現代医学の限界であり,人間としての限界でもある.著者はエッセイの中で,そのような人間性を率直に表現する.本書の中で描かれる医者は誰もが一人の人間であって,それは患者やその家族と何ら変わらないのである.そこには,科学が持つ明快な論理や法則とは別の,医学という名の下での治療行為と,それに従事する医者が存在する.医者でなければ味わうことはないだろうその一端を,本書は私たちに提示してくれる.