「細胞の物理生物学」”Physical Biology of the Cell”

本書は,2008年11月にGarland Science社から出版された”Physical Biology of the Cell”の翻訳版である.学部または大学院における基礎コース向けに作られた本書は,細胞生物学を生物物理学の側面から再構成するという大胆な内容となっている.すなわち,細胞内の機能や性質ごとに物理学の知見を適用するというこれまでの体系とは違い,物理モデルや物理法則から生物というものを捉えたときに,細胞内の高分子の挙動や生物的な構造をどのように分類できどのように認識できるだろうかという観点から,生物物理学を構築し直すということである.本書のタイトルに”Biophysics”ではなく”Physical biology”と付けていることからも,その意図が伝わってくる.全20章1000ページちかい分量の本書の中には,バネの運動を表すような単純な調和振動子から化学的な反応速度論のモデル,流体力学や統計モデルなどの基本的な物理モデルが含まれている.また,扱う生物現象としてもDNAから酵素反応,生体膜,細胞骨格,分子モーターなど幅広くカバーしている.

また,本書の大きな特徴として挙げられるのが「見積もり」という概念である.定量的な物理モデルを立てた上で生物学の現象に対する定量的な議論を行うためには,オーダーの見積もりが重要になる.見積もる値は,細胞内に存在するあるタンパク質の個数であったり,平衡時に観測される化合物の濃度,大腸菌が泳ぐときの速度など様々である.それらの値は,実際に立てたモデルを検証するときに役に立つばかりでなく,目にみえない世界を想像するときの直感的な感覚としても非常に有用となる.このように,単純化した上でオーダーレベルの数字に落としこむことで,定量的な解釈の手助けとなる.本書では,こういった見積りの具体例が各所に散りばめられており,各章の最後に付属する章末問題でも多数取り扱われている.

なお,訳書は1版をもとに翻訳されたものだが,原書は2012年10月に第2版が出ている.第1版では全20章だった構成が第2版では全22章となっており,第2版では第3部に”Light and Life”という章が追加されたほか,第4部の1章が再構成され2章に分かれている.

読書ノートまとめ

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注意

上記リンクを含むこの読書ノートは個人的なメモであって,章末問題などの解答の正確さや厳密さを保証するものではないことをご注意下さい.