タイトル「人に強くなる極意」とはまた編集者が付けたような新書向けのキャッチーな題名だが,中身もなかなか幅広く社会での立ち回り方などのコミュニケーションに関する全般的な内容となっている.その中で著者は,

  • 怒らない
  • びびらない
  • 飾らない
  • 侮らない
  • 断らない
  • お金に振り回されない
  • あきらめない
  • 先送りしない

という8つに集約し,これがそのまま目次となる形で,その指針を述べている.それぞれには,自分の外交官時代の教訓であったり逮捕起訴後の拘留期間での出来事を絡めつつ,それこそ「人に強く」あるにはどうすべきかということが語られる.例えば,冒頭の怒らないという章では,人が怒るというのはどういう状態かというところから始まり,怒ることの意味を考える事で余計な不安や困惑から解放される方法,立場が上の人間が怒ることによる効果が示される.怒っている人がただ体育会系っぽくてただ怒りっぽいからということ以上の何かが怒るという行為自体には含まれていて,指導であったり鶴の一声として効き目があるのだということを実際に感じることができる.こういったことを理解すれば,人に怒られたときでも,人を怒るときでも「人に強く」なれるということなのかもしれない.

さて,このような実体験と教訓が幾つも出てくるわけだが,本書のユニークだと思う点がひとつあり,こういう系のよくある自己啓発本ならこれは書かないだろうと思うことがある.それは人と組織との関係だ.しかも,組織が人に対して行使できる圧力であったり影響力についてである.ここで言う組織とは,自分が所属している会社や,国家そのものである.もちろん自分自身が所属しているものだ.普段ならそれほど意識しないような,または自分の味方だと考えているような存在ではあるが,実は総体の意志として個人に対して牙を向くということがある.ひとことで言えば,融通が効かなくなる瞬間だ.味方だったものが敵になる,通用していたものが通用しなくなる,やってることは同じなのに組織の状況が変わった途端に手のひら返しをされてしまうことがある.そういった潜在的な危険を孕んでいる関係性に対して,個人がどのように認識し接していけばいいのかということがポイントとなる.この問題について圧倒的なリアルさでもって人に指導できるのは,実際にそのような目に会った著者自身だからだろう.関係性を断ち切ることはできないが,あらかじめ予防線を張っておくことはできる.そのために考えておくこともまた,「人に強く」なるための一つの方法といえる.