19世紀にダーウィンが「種の起源」で夢見た世界を,20世紀の進化学者が現実に証明してみせた.この「フィンチの嘴」は,ダーウィンが進化論の着想を得たとされるガラパゴス諸島において,ダーウィンフィンチと呼ばれる小さな鳥の生態を調査した研究者達と,そこから導き出される生物の進化の存在やその振る舞いに関して克明に記された,進化論の一つの歴史書のようなものである.
その進化の解明の歴史は,グラント夫妻などがガラパゴス諸島においてフィンチを対象にした研究の過程をひとつひとつ辿りながら語られる.その端々で対比のように登場するダーウィンの航海日誌やガラパゴス諸島での研究記録によって,現在と過去を行き来するかのように進化論の仮説と証明が行われていく.ダーウィンにまつわる逸話はどれも面白いものばかりで,ああしていればこうしていればといった「たられば」な空想をかきたてるものや,偶然の重なりがもたらす思いがけない結果,ダーウィンの観察や研究における非凡さなど,様々な側面を垣間見ることが出来る.グラント夫妻の研究はまた,同時代に他の種や地域で行われた進化の痕跡をめぐる研究とも関連付けられ,本書の後半では身近で起こる進化についても取り上げられる.そこでは,進化というものは時空間的に限られるものではなく,複数の生物が生態系を構成するありとあらゆる場所や時間で起こっているものであるということが強調されて述べられる.これは進化論と創造論の対立などの問題と繋がる重要な部分であり,アメリカの進化論に関する状況を深く受けてのものだろう.キリスト教やインテリジェンスデザインなどに馴染みがない人にとってはあまりピンとこない部分だと思うが,ここで最も重要なのは,進化は今も身近で起こっているという事実なので,進化に関する認識というのは宗教と科学の対立に限ったことではないということを再確認する意味でも,後半の章は重要な役割を果たしている.この辺の話題は非常に難しいところなのだが,本書ではあくまで科学的な事実を基にした視点で書かれており,上手く纏めていると思う.
全体的にかなりボリュームのある構成だが,上で述べたように大部分は実際にフィンチのフィールド研究に関する内容なので,退屈な生物学の講義というよりかは無人島の冒険物語の小説のような感覚で非常に読みやすい.進化論に関する抽象化された理論を手っ取り早く知りたいという人にとっては本書はあまりに具体例が豊富で冗長すぎるため薦めにくい部分はあるのだが,理論を組み立てる筋立てはかなり明確に書かれているので,その点は流し読み程度でも十分面白いと思う.あと,表紙のみならず本文中にも挿絵が豊富に含まれているので,それを眺めるだけでも非常に面白い.ガラパゴス諸島に行って実際にフィンチやサボテンなど色々見てみたくなるような本だった.