主張は恐ろしく簡潔だ.成功者は小さな試行錯誤を繰り返す.様々な試行は殆ど失敗に終わるが,それを経験と見なして学習する.そして多数の失敗の中から小さな成功を見つけて,それを積み重ねていく.そういった一連のプロセスを「小さな賭け」と呼び,近年大きな活躍を見せている起業家や会社,コメディアンから軍隊までが,どういった方法で小さな賭けを実行しているかを,社会心理学や人類学などの最新知見とともに詳しく解説したのが本書「小さく賭けろ!」である.
こんな分かりきったことを言うだけなら,これほど簡単なことは無い.しかし,本書の前半では成功者に共通する方法からさらに踏み込んで,どういった態度で試行錯誤から失敗を学び成功を導き出せばよいのか,その基本的な思考パターンというものを心理学的な側面から解析している.本書ではそれをマインドセットと呼び,社会心理学者のCarol Dweckが研究しているモチベーションの研究を引き合いに出して,人が学習する態度には「固定的マインドセット」と「成長思考のマインドセット」の2つがあるとしている.この対比は本書の図によくまとまっているが,そこから言葉を少し拝借すれば,固定的マインドセットの人間は「知性は静的」であると思い込み「頭が良いと見られたい」がために,自分の中で言い訳を作り「自由意志の力を信じず,決定論的に世界を見るようになりやすい」としている.一方,成長思考のマインドセットの人間は「知性は成長できる」と考え「学ぶ意欲が強い」がために,「自らの意志の力を信じる傾向が強まる」という性質がある.この2つのマインドセットは完全に人によって区別できるものではなく,両者のバランスの上に成り立っているとしながらも,それぞれが学習や失敗,批判や人の成功に対して取る態度は恐ろしいほど異なっている.そして,本書の主題である小さな賭けを繰り返すアプローチは,上で示した成長思考のマインドセットと親和性が高く,その思考を鍛えることに繋がると結論づけている.つまり,ただひたすらに試行錯誤を繰り返せば良いアイデアが自ずと出てくるというわけではなく,一連のプロセスから得られる結果を自分がどう捉えるかによって,その価値を認め活かすことができるかどうかが決まってくるというのだ.この分析は,具体的な事例から成功者の成功者たる所以を知るための背景知識として,非常に重要な意味合いを持ってくる.
本書後半では,どういう人間が試行錯誤の中から成功の予兆を感じ取りやすいかといった問題や,試行錯誤を実践するための具体的な方法,偉大な成功者たちの事例などが多数示されている.本書はハウツー本では無いので,何をすれば成功できるといったマニュアルのようなものは書かれていない.しかし,個人がどのように独創的なアイデアを生み出し不確実性に対処できるようなクリエイティブな活動ができるか,その方法と実例がたっぷり詰まった1冊だと言える.
(追記 2012/09/12)
こことは別の個人的な雑文置き場のblogに,この本の逸話にまつわる話を少し書いた.上の文章よりも意外によく纏まってしまったので差し替えようかとも思ったが,取り敢えず別の話なのでそのままにしておく.