前回の記事で久しぶりに本書を思い出して改めて読み返したのだが,やはりこの本は名著だ.内容自体も,そしてこの本が纏められた時代性を考えても,著者の異才さ非凡さを窺い知ることができる.
本書は理論物理学者,とりわけ量子力学や波動力学の発展に大きく寄与したSchrödingerが,物理学と生物学の分野を統合するような形で生命の真理を追い求めたものである.それは至極簡単な疑問から始まる.なぜ原子は生物に比べてこれほど小さいのか.逆に言えば,万物の最小単位である原子から見て,なぜ生物はこれほどまでに大きく複雑な構造を持っているのかということだ.この疑問の背景には,量子力学における原子レベルでのミクロの不確定性さやマクロでの決定的な振る舞いがある.原子や分子などは,我々が感じる世界と違って,ランダムが支配する世界だ.人間はそのミクロの世界の振る舞いを完全に観測したり予測することができず,また熱や放射線などによる状態変異も起きやすい.生物も当然ながら他の無生物と同じく原子から成り立っているのに,なぜ生物はミクロでの不確実さに影響されることなく安定した構造と機能を保ち続けているのかという問題に,Schrödingerは果敢にも分野を乗り越えて立ち向かっている.
数年前に読んだときにはただ単純に物理学と生物学の融合というところだけを見て面白がっていたのだが,統計力学や確率論をある程度学んだ現在改めてその言説に触れてみると,Schrödingerの言いたかったことをより深く理解できた気がする.読み返しながら幾度と無く「ああ,そういうことだったんだ」とひたすら納得するばかりだった.