生物を相手にした学問というのは,医学という人間自身を対象とした研究を含めれば,数学など他の学問に勝るとも劣らない長い歴史を持っている.そのような生命科学において,後世に多大なる影響を与えパラダイムシフトに重要な役割を果たしたと思われる10の著作を取り上げ,その研究の概要と著作の一部の翻訳を纏めたのが本書の概要だ.とりあげられる著作は,ヒポクラテスやアリストテレスのギリシャ哲学から始まり,ハーヴィやデカルト,ベルナール,ラマルク,ダーウィン,メンデル,モーガン,そしてワトソン・クリックと,近代の生物学の勃興を支えた数多くの研究者の名前とその著作が並ぶ.
「巨人の肩の上に立つ」と言うように,今の学問は当然ながら今までの研究成果の上に築かれるが,だからといって過去の科学史を順に追っていく必要もなければ今となっては古くなった知識を入れる必要も無い.だが,今まで人間が築いてきた知識体系の歴史を知るということは,真理であろうとなかろうと,当時の科学思想の理解,そして脈々と続く科学そのものを理解することができる.そういった意味で本書は,当時の歴史背景を含め要点を抑えた形で過去の名著を現代でも読みやすく示されるので,特に過去の名著を知る良い機会となるだろう.原典全部を読むのは大変でも,本書ならある程度の分量で全体を俯瞰することができる.
ただ一つ苦言を呈するならば,本書はただただ単調だ.10の著作それぞれの解説と著作の一部翻訳が羅列されるだけで,その時代の主流を表面的に攫ったようなだけに感じる.百科事典のようであり,ある意味Wikipediaの記事を読んでいるかのような感覚を覚えた.著作の翻訳も紙面の都合上全部が掲載されているわけではなく,特に時代を象徴する箇所をかいつまんだ形で示されるので,どうしても広く浅くという印象しか残らなかった.ここで扱われている著作の多くはそれぞれ文庫などで翻訳が存在するので,生命科学史を俯瞰する必要がなければ個別の著作を当たったほうがいいだろう.