久しぶりに面白いiPad Appで遊んだので,ここで少し紹介したいと思う.前々からiPadには入れてたものの,じっくり見る機会が無くて今の今まで放置していたのが非常に悔やまれるくらい,とても良い作品だった.
この「MAU M&L 博物図譜」は,武蔵野美術大学 美術館・図書館が所蔵する博物図譜の貴重な資料を,iPadで自由に鑑賞することのできるアプリケーションだ.収録されている図譜は主に17世紀から19世紀に描かれたものであり,これは西洋で航海技術が発達して任務を受けた探検家やナチュラリストなどの博物学者が世界中に進出していった時代に,未開の地に生きる動植物や自然の景観を観察・記録したものである.描かれる対象は花や果物などの植物に始まり,昆虫,鳥,哺乳類,はたまた海に漂うクラゲや無脊椎動物に至るまで,実に多岐にわたる.その形や色,質感までもが細部に至るまで非常に緻密に描かれ,学術的価値とともに芸術的価値をも持つのが,この中に収録されている博物図譜の数々である.
このアプリの優れた点の一つに,武蔵野美術大学の客員教授である荒俣宏氏による博物図譜の見方や楽しみ方が解説された映像を見ることができるということがある.荒俣氏の解説によれば,博物図譜を眺めるということは,美術的にも優れた名画を鑑賞するといったことだけではなく,過去の学者や画家たちがいかに自然を観察し,工夫を凝らして図譜として表現してきたかといった歴史的な背景までも読み取ることができるということである.そこには,博物学の歩んできた道のりに加えて,東洋と西洋の自然観の違いや時代ごとの絵画への要請などが含まれている.荒俣氏はこれを「視覚の冒険」であると表現する.
実際にこのアプリを操作して博物図譜を眺めていると,本当に未知の世界を冒険しているかのような感覚になる.この驚きや喜びは,TVやYouTubeなどで鮮明な映像を見ることのできる現代においても,まったく色褪せていない.それはまさに,過去の探検家や画家の目を通して自然を見ることの興奮なのだ.彼らの「ものの見方」を借りて,動物や植物を観察する.そこには,現在では味わうことのできない様々な発見と知的興奮に満ちあふれている.
最後に,iPhoneやiPadを持っている方は,ぜひ一度インストールして博物図譜の数々を眺めてみてほしい.そして,何でもいいので収録されている図譜を画面に表示させたら,めいっぱいピンチアウトして画面を拡大してほしい.この博物図譜のアーカイブの高解像度に驚くと同時に,信じられないほど高精細で書き込まれた生物画に圧倒されることだろう.鳥の羽毛の1本1本から,イカの斑点模様,クラゲの触手の細かな描写など,例を挙げればキリがない.とにもかくにも一度やってみないと分からない楽しさなので,ぜひ実際に手にとって体験していただきたい.