ここ1週間ほどご無沙汰だったので,最近考えているをちょっと書きだしてみる.

最近は同じ研究室の院生の学振書類を手伝ったり,大学院入学希望者の小論文にアドバイスしたりと,人の書いた文書にひたすら赤を入れる日々だったのだが,やはり添削というのは難しい.まず第一には文章を書いた人間の意図を最大限汲み取り,一方では段落や文章の流れを整え単語の使い方を統一するためにバッサバッサとメスを入れ,原形をとどめつつも改善策を提示していかなければならない.ハッキリと論理的に指摘できる部分もあれば,「この言葉の使い方はなんかダサい」みたいな主観的な意見が入ることもある.個人的には徹底して型にはめて形式化された文章にすべきだというスタンスなのだが,逆に書き手の意図さえ伝われば,たとえ文章が全部ひとつなぎになっていようが口語的口調であったり文学的口調になっていようがそれでもいいという人も中にはいるわけで,あまり押し付けがましいのも良くないかなと思う.そして何より,添削しているお前の書く文章はどうなんだと言い返されそうで,自分のやっていることが本当に正しいのかどうか怪しいのが一番怖い.

まあこんなコトを思いつつも,やってくれと言われれば無慈悲に赤を入れるわけだけれども,たまたま見つけた修論の指導を目的とした配布資料にナルホドと思いつつも少し引っかかることが書いてあったので,ここで紹介する.

http://www-utheal.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~maxima/NetEd/To_M2/To_M2.pdf

この中の「2.2 段落(paragraph)」は非常によくまとまっている.英語では特にパラグラフ・リーディングなどで紹介されることが多い段落の構成法は,文章を書く上で何より意識しなければいけない「決まり事」だ.私も文章をあらかた書いたあとに形を整える作業をする際には,このような体裁に特に気をつけている.

この資料では段落を作る上でやって良いこと悪いことといった約束がいくつか紹介されており,それらは納得のいくものばかりなのだが,その中で一つ気になる項目があった.それは「段落の冒頭に強い接続語を使ってはいけない」という部分で,前後の文章を強く結ぶ言葉は段落の冒頭に使うにはふさわしくないということらしい.これに関しては確かに納得のいく部分もある反面,本当に使ってはいけないと断言してしまっていいのだろうかという感覚もある.特に逆接は禁止するほど悪い方法ではないと個人的に思っていて,前の話題にかぶせる形で議論の対象を変えるのに便利に使っている節がある.おそらくこの使い方は段落をひとまとまりとしてみた時の列挙に近い感覚なので,それは確かに段落に分けるべきではないかもしれない.しかしながら,あまりに膨らんだ内容を無理矢理一つに詰め込むのも良くないので,何かしらの方法で分けるべきだとは思う.やはりそこは,逆接を使わずにいきなり新しい話題でスタートしつつ,ところどころに前の段落との関連をいれていくべきなのだろうか.その方法もできなくはないけど,別に逆接を使ってもいいんじゃない?と思ってしまう.具体例が無い状態でアレコレ言うのは生産性が無いというのは分かっていても,なんとなく気になっている.

以上のようなことをこの1週間の間ぼやーっと考えていたわけだけれども,いまだに結論は出ていない.型にはまった文章を書くというのは,読み手が想定する文章を提示することであって,それは論理構造や正確さ以上に読みやすさという重要な役割を果たしていると思っているのだが,読みやすさの感覚は人それぞれなので,なかなかに統一が難しい.


(余談)それにしても,ここの文章はどういうアレで書けばいいのか未だによく分からない.表現の境界線を行ったり来たりという感じで,まあ実験場のようなイメージなので,ここで下手糞な文章を書いてても勘弁して欲しい….