フランス文学者であり元東大総長または映画評論家である蓮實重彦による,2009年から2011年までの映画評および映画関係の文章をまとめた本.映画評は主に「群像」に掲載されていたものであり,その他の映画にまつわる文章は新聞や雑誌,パンフレットなどの媒体に掲載されていたものである.

今回は自分が見たことのある映画の時評をひと通り読んだのだが,本書にまとめられている36ある映画時評のうちの10本くらいしか読むことができなかった.つまりは,内容に関する書評を書けるだけの分量に目を通せていない.最近映画をよく見るようになったとはいえ,それでもまだまだ足りないのだと思い知らされるばかりだ.もちろん本書で扱っている全ての映画に目を通して時評を読みたいという気持ちはあるものの,残り26の映画に関してはこれからの宿題ということで,少しずつ埋めいこうと思う.当初の狙いとしては映画を観る眼を養いたいということで時評を読み始めたので,書評のために映画を観るという本末転倒な状態にならないよう,まずはとにかく映画を観るということを優先していきたい.

それにしても蓮實重彦で思い出されるのは,だいぶ昔に山形浩生が書いていた「知性のために」という蓮實重彦のスピーチ集にまつわる逸話だろう.東大入学式での蓮實重彦の式辞は,留学生が泣き出しおばあさんが倒れそうなくらい長くてとらえどころのない話が延々続くのだという下りは,なんというか強烈に印象に残っている.もちろん理由もなしにだらだら喋っているというわけではないということは後の文書で書かれているのだが,この文章を読んだ時は,それにしても酷い言われようだと思った記憶がある.まあ,今回初めて蓮實重彦の文章を読んで「ああそういうことか」と納得してしまったのだが,さすがは文学者というか評論家というか,普段インターネットや雑誌では目にしないような類の文学的でいて,なおかつ美しい文章であることには間違い無かった.

  • CUT 1998/12
    • 山形浩生「いつものお説教を別のかたちで読み直すこと。」


チャールズ&レイ・イームズの展覧会が新宿行われているということで,空いた時間を見つけて足を運んでみた.新宿パークタワーにあるリビングデザインセンターOZONEの一角の小さなスペースで開かれている展示会ながらも,イームズ夫妻が実際に手がけた椅子やオモチャなどが実物展示され,夫婦の生い立ちや業績を辿るパネル展示によって二人のデザインの哲学を知ることができる.

イームズ夫妻のデザインというと大多数の人は恐らく家具などを思い浮かべるらしいのだが,私としては”Powers of Ten”(YouTube)の映像から入ったので,今回の展示でイームズ夫妻の椅子などのデザインを直に観るができて非常に面白かった.家具のデザインやその歴史にはとんと疎いものの,「こういう感じの椅子」というのが何となく理解できたので良かったと思う.夫妻のデザインのような椅子(模造品)には時々座る機会があるものの,前傾姿勢になりにくく座りにくいとか言ってすいませんでした….これからは意識して座るようにしよう.

この展覧会は2013年1月15日までやっているということなので,もし興味がある方は是非.



本書は,フリーライターの古賀史健氏による文章を書く技術に関する実践的な解説書である.本書の冒頭では,

「話せるのに書けない!」を解消すること (P.7)

を目標として,思い通りに文章を書くためには,頭の中の漠然としたイメージを現実の文章として「翻訳」することが大切だということが語られる.ここで言う翻訳には,思考の整理と文章表現の2つのステップが含まれる.まず第一に,頭の中でごちゃごちゃと思い浮かべている乱雑な状態を整理すること,そして第二に,整理した思考を文章として再構築することだ.本書ではこの一連のプロセスを,翻訳と喩えている.文章が書けないという人はこの翻訳が苦手な人であって,そもそも書くという行為を,単に気持ちや思いを素直に表現するといった意味でそもそも誤解しているのだという.文章を書く技術を身につけるためには,その間違った認識を改め,上で述べたような翻訳するという概念を意識する必要がある.そして,この翻訳には様々な技法が存在する.本書では,その抽象的な思考を理論的な文章へと構成するための具体的な技術を,リズムや構成などといった様々な視点から解説したものである.ちなみに,本書タイトルである「20歳の自分に受けさせたい」という謳い文句は,文章を書く上での一つの技術として本書後半で由来が明かされる.

本書の感想を一言で表すとするならば「完全に同意」だ.内容や構成はかなり散漫で,細かい部分で違和感が残るところもあるものの,書かれていることは私の考えていることと非常に近い.特に本書で繰り返し述べられる,書く技術を身につけることは考える技術を身につけることであるという主張は,全くその通りだと思う.これは私がかねてからBlogで書評を書き続けていることの一つの理由であり,普段から強く意識していることである.また,個々に語られる文章構成の技術も,かなり実践寄りの要素が散りばめられている.文章を書き始める前の思考の整理段階において,何を書いて何を書かないべきかといった情報の選択から,実際に文章を書く際の論理構成の手法,推敲段階における読者を想定した表現の修正方法など,自分の文章にすぐに適用できるようなトピックばかりである.これらは一見して小手先のテクニックのように見えるかもしれないが,なかなかに文章を書く技術の本質を捉えている.本書ではその意味や裏付けがあまり解説されないため,個々の技術に納得はできないかもしれないが,一度使ってみればその効果が実感できるだろう.



2013年2月号の「クーリエ・ジャポン」でジェフ・ベゾスの記事の翻訳が載っていたのだが,その冒頭で面白い情報があった.これはおそらく著作「ワンクリック」には書かれていなかった情報だ.それはジェフ・ベゾスが重役会議の始めに必ず行う習慣で,発表する担当者に6ページもの書類を書かせて,それを30分ほどかけて出席者全員が熟読・黙読するというのだ.この会議システムの裏側には,ジェフ・ベゾスが簡潔で綺麗な文章を書かせるということを重視していることが伺える.

この記事を読んで,僕は思わず昔所属していたラボのことを思い出した.というのも,ジェフ・ベゾスの会議のしきたりと同じようなことが,そのラボでも行われていたからだ.そのラボでは月に1回ほど回ってくる論文紹介で発表する際に,必ず論文の要約をA4用紙1枚にまとめて全員に配布することを義務付けられていた.要約といっても,論文のアブストラクトをただコピーしただけでは明らかに分量が足りず,説明にも隙ができる.逆に,論文のストーリーを丁寧になぞろうとすると,背景から実験方法,結果,考察までを含めるには,文章を相当切り詰めなければならなくなる.これをA4用紙1枚に収めるには,論文の要点だけを取り出して簡潔な文章として洗練させなければならない.そして,このようにして書き上げた要約は,論文紹介のプレゼンテーションの最後に全員が熟読し,全体構成から文脈の整合性,専門用語の使い方,句読点の場所に至るまで,文章に関するありとあらゆる箇所をチェックされ訂正される.いわゆる駄目出し,袋叩き,フルボッコにされるというもので,ラボに入りたての学生はこの洗礼によって自分の日本語の文章力の無さに打ちひしがれ,熟練の学生でも完璧な要約を提出するにはかなりの時間を費やして文章を練る必要がある.しまいには,ある程度のレベルに達するまで書き直しを要求され,原稿にひたすら赤を入れる作業が続く.

在籍していた当時は,いつまで経っても成長しない自分の文章力と毎回真っ赤になる原稿とで気が滅入ることが多かったのだが,今から考えると良かったと思える部分もある.当然ながら文章に関しては人一倍気にするようになったし,推敲することの重要性や文章の完成度に自覚的になった.そのラボでの成果が今のBlogで発揮されているかというと疑問が残るところではあるが,今のところはまあ気にせず技術を磨き続けるしかない.

参考



あけましておめでとうございます.今年もyag_aysならびにWolfeyes Bioinformatics Betaをよろしくお願いします.

さて,前の記事でも書いたように2012年は色んな本を読んだということで,ただ自分のためだけに読むのは面白くないと思い,日頃お世話になった方などに本を贈ろうと考えたのが昨年の12月25日前後.その日から年越しまでに忘年会が1つと京都からの来客が1つあるということで,そこで会う方に本をプレゼントするべく色々検討を重ねた結果,以下の本を贈ることとなった.

  • 「なかのとおるの生命科学者の伝記を読む」仲野徹(書評
  • 「バースト! 人間行動を支配するパターン」アルバート=ラズロ・バラバシ(書評
  • 「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」アトゥール・ガワンデ(書評
  • 「竜の学校は山の上」「竜のかわいい七つの子」九井諒子

選考の際には,まず第一に私が読んで面白いと感じた本であること,そして出版が2011年以降のなるべく新しい本であることという制約を設けた.渡す相手のプロフィールなどを考慮に入れて,相手に読んでもらいたい,相手に喜んでもらえるような本を選んだので,個人的な2012年のランキングとはまた違ったラインナップとなっている.自分のひとりよがりになっていないか心配であるが,取り敢えず渡した時には喜んでもらえたようで良かった.その場での話のタネにもなったし,初めての試みとしては成功したのではないかと思うのだが,果たして….

これらの本は私が自信をもってオススメできる本なので,気になるタイトルがあればぜひ手にとってみて下さい.