外資コンサルのマッキンゼーで採用担当を12年務めた伊賀泰代氏による,マッキンゼーが必要としている人材について,その採用基準を細かく解説した本.著者に関して某有名Bloggerではないかという噂が一部で流れているが,本書では全く触れられていない.

マッキンゼーの「採用基準」という題が付けられているものの,実際には副題にある「地頭より論理的思考力より大切なもの」として,リーダーであること,つまりリーダーシップが重要であるということが強く強調される.特に本書後半では,リーダーシップに対する日本と欧米の捉え方の違いから,どういう行動がリーダーシップとなるのかといった定義に近い部分までを細かく解説される.本書はあくまでマッキンゼーが欲しいと思う人材像という前提で話がされるものの,必要となる能力に関してそもそも日本の認識がずれているということで,日本企業と外資企業の認識の対立として描かれる部分が多い.その点について,やや自社礼賛や日本の企業体質に関するバッシングのように見える部分もあるが,著者の主張は全体を通してリーダーシップが重要なのだというところに集約される.

個人的な興味としては採用のテクニックよりも採用後に新人をどう教育しているかといったところが気になっていたので,その点本書ではリーダーをどう育てていくのかといった部分にも触れられており興味深い.また,特に著者個人の体験談を通して語られるリーダーシップの技術や重要性は,コンサルタントとしての知的生産におけるスタンスを垣間見ることができるような内容だった.なかでも,会議などで何時間も常に考え続けられるだけの知的体力が必要なのだという主張はまさにその通りだと思う.著者はそれが足りなかったのでコンサルとしてより採用担当としてのキャリアに進んだと書かれていたが,これができるかできないかは相当大きなポイントなのだろう.



このBlogで取り上げなかったけど今年読んだ本をまとめて記録しておく.

他のblogなどに纏めていたものから,分野外過ぎてある程度の分量の感想が書けなかったもの,あまり真剣に読まなかったもの,などなど.漫画と雑誌は含まれてない.



例 6.8 モデル選択

この問題の目的とデータセットの説明

線形回帰のモデル選択について考える.data(swiss)はスイスの47地域における出生率と社会経済指標のデータである.社会経済指標には,農業従事率や教育の度合い,特定の宗教の割合,幼児の死亡率など,合計で5つの標準化された観測値が含まれている.今回は,線形回帰によって出生率と社会経済指標の関係を調べることを目標としている.つまり,社会経済指標の中で何が出生率に効いているかを知りたいということだ.そのような線形回帰において一番重要なのが,5つある説明変数をどうやって組み合わせてモデルを作るかという問題である.5つの説明変数から作ることの出来るモデルは25 個なので,今回の場合のモデルの総数はたかだか32個程度だが,たとえば説明変数が20個になると,モデルの総数は220 = 1048576個となり,全部のモデルをそれぞれ計算するのは現実的ではなくなってしまう.そこで,モデルの全パターンを試すことなく,もっとも出生率に効いてる社会経済指標だけを選んでモデルを作りたい.そのために,今回は周辺分布の最大化によるモデル選択をランダム・ウォーク・メトロポリス・ヘイスティング・アルゴリズムを使って算出してみる.

数式の説明

通常の線形回帰を考えるということで,出生率yと社会経済指標xは以下の式で表される.

\bold{y} = \beta X + \varepsilon \varepsilon \sim \mathcal{N}_n(0,\sigma^2 I_n)

このときの\bold{y}|\beta,\sigma^2,X \bold{y}|\beta,\sigma^2,X \sim \mathcal{N}_n(X\beta,\sigma^2I_n) となる.

ここで,出生率yは47の地域でそれぞれ観測されているため,観測数n=47のベクトルy={y_1..yn}として表される.

そして,このときの尤度関数は

l(\beta,\sigma^2|\bold{y},X)=\big(\frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}}\big)^n \exp\big[-\frac{1}{2\sigma^2}(\bold{y}-X\beta)^{\mathrm{T}}(\bold{y}-X\beta)\big]

である.

このあたりの式変形は練習問題6.5を参照.

データセットの準備

swissデータセットを読み込んだあと,応答変数yとして出生率の対数,説明変数Xとして5つの社会経済指標を代入している.説明変数には

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data(swiss)

y <- log(as.vector(swiss[,1]))
X <- as.matrix(swiss[,2:6])

説明変数である社会経済指標の詳細は以下の通りである.

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> names(swiss)
[1] "Fertility"        "Agriculture"      "Examination"      "Education"        "Catholic"         "Infant.Mortality"

関数の定義

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inv <- function(X){
  EV <- eigen(X)
  EV$vector %*% diag(1/EV$values) %*% t(EV$vector)
}

lpostw <- function(gam, y, X, beta){
  n <- length(y)
  qgam <- sum(gam)
  Xt1 <- cbind(rep(1,n), X[,which(gam==1)])
  if(qgam != 0){
    P1 <- Xt1 %*% inv(t(Xt1) %*% Xt1) %*% t(Xt1)
  }else{
    P1 <- matrix(0, n, n)
  }
  -(qgam+1)/2 * log(n+1) - n/2 *
    log(t(y) %*% y
        - n/(n+1)
        * t(y) %*% P1 %*% y-1/(n+1) * t(beta)
        %*% t(cbind(rep(1,n), X)) %*% P1
        %*% cbind(rep(1,n), X) %*% beta
    )
}

gocho <- function(niter, y, X){
  lga <- dim(X)[2]
  beta <- lm(y ~ X)$coeff
  gamma <- matrix(0, nrow=niter, ncol=lga)
  gamma[1,] <- sample(c(0,1), lga, rep=T)
  for(t in 1:(niter-1)){
    j <- sample(1:lga,1)
    gam0 <- gamma[t,]
    gam1 <- gamma[t,]
    gam1[j] <- 1 - gam0[j]
    pr <- lpostw(gam0, y, X, beta)
    pr <- c(pr, lpostw(gam1, y, X, beta))
    pr <- exp(pr - max(pr))
    gamma[t+1,] <- gam0
    if(sample(c(0,1), 1, prob=pr)){
      gamma[t+1,] <- gam1
    }
  }
  gamma
}

練習問題 6.5

a. \beta|\sigma^2,X からX\beta|\sigma^2,X \bold{y}|\sigma^2,X を導出する

1つ目は,正規分布の線形変換を使う.これは,X \sim \mathcal{N}(\mu,\sigma^2) のときY = AX + b とするとY \sim \mathcal{N}(A\mu+b,A\sigma^2 A^\mathrm{T}) となる. この性質により,

X\beta|\sigma^2,X\sim\mathcal{N}_n(X\tilde{\beta},n\sigma^2X(X^\mathrm{T}X)^{-1}X^\mathrm{T})

となる.

2つ目は,正規分布の再生性を使う.これは,X \sim \mathcal{N}(\mu_X,\sigma_X^2) Y \sim \mathcal{N}(\mu_Y,\sigma_Y^2) が独立ならばX+Y \sim \mathcal{N}(\mu_X+\mu_Y,\sigma_X^2+\sigma_Y^2) が成り立つというものである.いま,\bold{y}=\beta X+\varepsilon における\beta X \varepsilon はともに独立の正規分布なので,1つ目で求めた式と合わせて

\bold{y}|\sigma^2,X \sim \mathcal{N}_n(X\tilde{\beta},\sigma^2(I_n+n\sigma^2X(X^\mathrm{T}X)^{-1}X^\mathrm{T}))

となる.

b. & c.

まだよく分かっていないので後回し.設問b.に関しては,どうやら「Bayesian Core: A Practical Approach to Computational Bayesian Statistics (Springer Texts in Statistics)」に詳しく書いてある(らしい).該当部分をざっと読んでみたけど,よく分からなかった….

参考



本書は,世界中の病院における手術の安全性を向上させるためのWHO主導のプログラムに参加し,チェックリストを導入するというただそれだけのことでプログラムを大成功に導いた一人の医師による著作である.ここで言うチェックリストとは,箇条書きにしたメモにチェック欄がついているような至って普通のものである.それがなぜ手術における安全性を劇的に改善することができたのか,チェックリストによって何がどう変わったのか,そもそもなぜチェックリストなのか.そういった自然と湧き上がる疑問に対して本書は科学的に検証された実験結果として,建築業界や航空機産業における具体例とともに,チェックリストの有効性を示すものである.

以下では,本書で挙げられたチェックリストの性質について個人的にまとめてみた.

  • チェックリストは複雑な状況において有効な手段である
    • 複雑な状況とは,「一個人で知るのは不可能な量の知識を必要とし,不確定要素が多い状況 (P.92)」を指す
    • 複雑な状況は,一人のエキスパートによる一極集中の指令システムでは対処できない

  • チェックリストは規律である
    • 規律を忠実に守ることにより,複雑な状況における個人の判断ミスを防ぐことができる
    • チェックリストは万能なマニュアルではなく,人間の優れた技能と組み合わせた運用を必要とする
    • チェックリストの使用は複雑な問題の中にある個々の単純な問題を解消し,問題をシンプルにする

  • チェックリストの有用性はWHOのプロジェクトにおいて示された
    • 問題を洗い出しチェックリストの効果を証明するには,実験前・実験後のデータ収集が必要である
    • 現場に合わせた適切なチェックリスト作成と継続的な改良が必要である
    • チェックリストの導入は無理に押し付けるのではなく,科学的根拠を示すとともに自発的な参加を促さなければならない

本書では,これらの事柄が豊富な具体例を織り交ぜて丁寧に解説される.本書を読み終わる頃には,チェックリストのあらゆる側面を見ることができる.それは私たちの生活がより複雑さを増していく状況において,非常に明快かつシンプルで革新的な手段となりうるだろう.

当初は,私自身たかがチェックリストにこれほどまでに説得されるとは思っても見なかった.本書が素晴らしいのは,日頃から見逃されがちな失敗を表に引きずり出し,その対策をチェックリストを使うことで実現し,さらに普及させるといった段階にまで踏み込んでいる点にある.著者自身も,航空機産業における徹底した問題の改善の手腕に感動し,自身の医療の現場における小さなミスの繰り返しがいかに見逃されて改善の手段が広まらないかを懸念するところからスタートしている.そういった教訓から手術現場におけるチェックリストという発想に著者は至ったわけだが,読者としては本書を読めば自然とチェックリストを使いたくなるだろう.恐らくこれからもっと多分野でチェックリストが使われるようになると思われるのだが,まずは自分が問題を発見しそして実践してみないことには始まらない.とりあえず個人で色々試行錯誤してみようと思う.幸い本書の最後には「チェックリスト作成のためのチェックリスト」というものも載っており,ウェブページもあるようだ.



これほどまでに背筋が凍るほどの恐ろしさを感じながらも同時に文章から目を離さずにはいられないくらい引き込まれるような本を,いまだかつて私は読んだことがない.本書はある心理学の実験についての報告と結果の考察を淡々と述べたものでありがながら,そこから導かれる結論は私たち人間の隠れた性質を暴くものである.それは20世紀のある歴史上の事件と対になって初めて本質をあらわにする.ナチスドイツにおけるユダヤ人虐殺である.

本書は,「アイヒマン実験」または「ミルグラム実験」と呼ばれる心理学実験に基づく実験報告である.この通称は,アドルフ・アイヒマンというナチスドイツによるユダヤ人虐殺に深く関与した人間の名前,またはスタンレー・ミルグラムという本実験を行った心理学者に由来する.アイヒマンとこの実験を深く関連付ける要素は「服従」である.人というものは,何らかの社会構造における上下関係の中で社会的な役割を果たすことにより,その地位であったり家族の生活やアイデンティティを維持する.そのなかで,権威があって立場が上の人間によって命令された倫理を逸脱する非道な指示に対して,それを受け入れ服従するか異を唱えて反発するかといった個人の葛藤が,この実験の中心的な問題である.アイヒマンという人物は,このような命令に服従し実行してしまった張本人として歴史に名を残し,この議論の中核的な存在となった.そのアイヒマンに対して当初は誰もが,通常では考えられないほどの非人道的な行為を行う人間は,常識的な社会生活を行う自分たちとは全く異質のかけ離れた存在であるかのように思っていた.しかし,本書の著者であるスタンレー・ミルグラムは,アイヒマンは特殊な人間ではなく普通の一般人と何ら変わらない人間であり,逆に言えば一般人と認識している人間もまたアイヒマンと同じ境遇に置かれると同じ行為を犯してしまう可能性があることを心理学実験によって示した.

本書はスタンレー・ミルグラムの衝撃的な実験結果を示すものでありがなら,同時に本実験に対する異論や反論を訳者である山形浩生が訳者後書きとして巧みに指摘している.その批判的検討を含め,本書が描き出す権威の服従という問題は状況や立場によって複雑な挙動を示し,一個人の責任や従属関係について改めて提起するものである.