ひとこと
第1章では,本書を読み進める上で必要になる道具や考え方がいくつも登場する.生命現象の認識であったり,幾つかの要素に分解するといったことは,生物現象を物理に当てはめて理解するという型にはめるための枠作りと言える.
第1章 なぜ?―数を通して見た生命
生物学のデータの背景にあるモデルを構築し理解する
- モデルは問題の複雑さや詳細をある程度切り捨てる
- 現象をある程度正確に予測できるようなモデルを立てる
定量的なモデル
- 定量的なデータには定量的なモデルが必要になる
- 定量的なモデルは,生物学の問題について実験で検証可能な予測をする
- ある入力が変わった時,特定の生物学的な出力変数がどのように変わるかを定量的に測定することができるならば,そのデータの解釈も定量的に行う必要がある
3つの「事実」
- 自分で確かめることができること
- e.g. 細胞はタンパク質を含んでいる
- 異なる独立の実験手法によって繰り返し確かめられたこと
- e.g. 細胞においてリボソームがタンパク質を合成する
- 生物学的な観察による説得力のある説明ではあるが,証明されていないか論争中の仮説に基づいている
- e.g. 細胞内のミトコンドリアは元は独立して生きていた細菌であり,真核細胞の祖先との細胞内共生によって今日に至る
生物を作る4つの要素
- 高分子 Macromolecule
- タンパク質 Protein
- 糖 Carbohydrate
- 脂質 Lipid
- 核酸 Nucleic acid
理想化としてのモデル
高度に複雑な生物対象から抽象と単純化によって有用な洞察を得るには,「一つ」の簡単なモデルに着目する
- ある特定の側面を物語る重要な性質を選ぶ
問題のどの特徴を無視することができるかを考える
どんな対象でも良い
- DNA
- タンパク質
- 細胞膜
- 大腸菌
- 溶液
イラストとモデル
- 図式化 Schematize
- 重要な概念を説明するモデルをイラストとして表現
- 何が重要かを,間接的あるいは直接的に表現
定量的モデルの数理化
e.g. Lacリプレッサー
- 始めに思いつく大雑把なイメージ:Lacの近くに何かくっつくとDNAループを作って遺伝子が働かなくなるらしい.あと,くっつく場所との距離によって遺伝子の強さに違いがあって,なんか距離に応じて周期的っぽい
- そこから,このデータをきちんと定量的に測定して,定量的モデルを立てる
e.g. バネとしての振る舞い
- イメージ:中心からズレるとだんだん戻る力が強くなる
- 定量的なモデル:平衡位置からずらした程度に比例した復元力
中心からの距離が小さい時に線形近似できるというメリットもある
ただのバネの伸び縮みをモデル化しただけだけれども,バネの振る舞いに代表されるような単純な調和振動子モデルは,生物学の現象の様々なケースに適応することができる
- 光ピンセットのトラップの中心に引っ張られる分子
- 梁の曲がり
- DNAの曲がり
- 泳ぐ精子の鞭毛の拍動
- 細胞表面の膜のゆらぎ
- エネルギーランドスケープ上の分子
- 時間とともに発現の程度を変える遺伝子ネットワーク
見積もりの役割
- 生物学的な構造と仮説に関する数の感覚を掴む
- 定量的な直感
(「Guesstimation」と「次元解析」は第2版から追記された箇所.(PBOC 2nd P.27) )
Guesstimation
- 見積もり・フェルミ推定
- 幾何平均 Geometric mean
- 下限と上限から幾何平均を取る
- e.g. だいたい10nmより小さくはならないし100nmよりは大きくならないだろうと予測される場合:だから,だいたい約30nmくらい
- 文章中で紹介されている”Guesstimation by Weinstein and Adam”とは以下の本のことだろう.日本語訳として「サイエンス脳のためのフェルミ推定力養成ドリル」という題で出版されている
次元解析 Dimensional analysis
- 関係してくる変数の次元を上手く組み合わせて,目的の変数の次元に揃える
モルフォゲン勾配の場合
- Length scale :
- [Length]
- Diffusion constant :
- [Length]2 / [Time]
- mean lifetime :
- [Time]
Diffusion constant(拡散係数)とmean lifetime(モルフォゲン分子の平均寿命)を上手く組み合わせてLength scaleの単位を表そうと思ったら,になる.こうすれば,変数の性質を知らなかったとしても数式を立てることができる.
- 注:平均寿命が分かりにくければ,モルフォゲンの時間あたりの分解率の逆数だと思えば良いだろう()
- “Modelling the Bicoid gradient“のBox3参照
- モルフォゲンの濃度勾配に関しては,英語版第2版の20章で詳しく述べられる
モデリングにおける4つの間違い
- 不適切なタイプの物理モデルを使った失敗
- 「ピックアップトラックに積み込むことのできる荷物の量は何時間か?」といった問題設定
- システムの詳細を十分に考慮していない失敗
- 大腸菌の泳ぐ速度:ゆらぎを考慮していない
- 失敗というより不適切
- 不適切な仮説を置いたモデルによる失敗
- 大腸菌の泳ぐ速度にブラウン運動を考慮していない
- 実験にブレイクスルーをもたらす失敗
- 新しい科学的発見をするチャンス!
Rules of Thumb
物理生物学者として見積もりするならこれくらいは覚えておくべき基本的な数字(テキストの表参照)
- BioNumbers
- BioNumbers - The Database of Useful Biological Numbers
- 今後テキストでたびたび登場するBNIDとは,BioNumber IDのこと
まとめ
物理学の定量的な思考を生物学に適用するために必要となるスキル
- 基礎的な物理学のモデルによってシステムを記述する:モデル化するスキル
- システムに対する認識が適切で現実的かどうかをチェックする:定量的見積もりを行うスキル