この章のまとめ(前半)
4章では,生物学において積極的に調べられてきたモデル生物において,その役割や歴史について個別に見ていく.すべての生物は基本的に共通した生命過程を持っているが,一方で多くの研究対象となる生物には研究者に好まれるものが存在する.そうしたモデル生物に関して,どのようなモデルが立てられ,どのような機能の解明に役立ったかをそれぞれ見ていく.
4.1 遺伝学と生化学の目的のために用いられるモデル生物
- モデル系の元祖:エンドウマメ
- モデル生物として優れた3つの特徴=>人間にとって扱いやすい
- 短期間での世代交代
- 容易に計測できる遺伝形質
- 安定した大規模栽培(飼育)
- モデル生物として優れた3つの特徴=>人間にとって扱いやすい
- 現代生物学の発展のための駆動力
- 分子スケールの出来事と生物全体のレベルの出来事を結びつけることが重要
- 生物学的過程において主要な役割を果たす分子を同定する
- 遺伝学のアプローチ
- 複雑な状態から一つの要素を取り除いた時に,注目する過程を遂行できるかどうかを調べる
- 生物学のアプローチ
- 最小限の単純な構成要素によって,注目する過程を遂行できるかどうかを調べる
- 分子スケールの出来事と生物全体のレベルの出来事を結びつけることが重要
4.2 モデル系:ヘモグロビン
- 相互作用
- 生体活動は分子どおしの相互作用によって成り立っている
- 代表的な相互作用:受容体とリガンドの関係
- モデルタンパク質
- ヘモグロビンと酸素
- ミオグロビン
- リガンドと受容体の関係における問い
- 受容体の結合部位の何割が実際に結合しているかどうか?
- それはどういう条件下で変化するのか?→関数として表したい
- ヘモグロビンと生理学的の関係
- 酸素欠乏の環境下では,ヘモグロビンに結合していた酸素を放出する傾向がある
- 実験による計測(Bohr効果)
- 酸素が欠乏した酸性環境下では,ヘモグロビンへのH+ の結合との競合により,通常のpHより酸素を放出しやすくなる
- ヘモグロビンと構造生物学の関係
- 遠心分離器の発達によりヘモグロビンの分子量が決定
- その後Max Perutzが25年かけてヘモグロビンの構造を決定
- ヘモグロビンの構造は酸素と結合しているかどうかで変わる→構造から機能を類推するきっかけ
- ウマのヘモグロビンとヒトのヘモグロビンは類似している→配列相同性を扱うバイオインフォマティクスのルーツ
- ヘモグロビンと病理学の関係
- 鎌形赤血球貧血症
- ヘモグロビンの構造的な欠陥に起因する「分子病」
- アロステリーと協同性
- ヘモグロビンの結合曲線のシグモイダルな挙動の説明として登場した概念
- 性質
- ヘム基の4つの結合部位に対する結合のしやすさは常に一定ではない
- 1番目の酸素分子がひとつ結合すると,2番目の酸素分子は他の3つの部位に結合しやすくなる
- タンパク質は複数の状態構造を取る
- 協同性
- 一つの分子の異なる部位にリガンドが結合する仕方は独立ではない
- アロステリー
- あるリガンドがタンパク質のある場所に結合することにより,タンパク質の別の部位の構造に影響を与える
- 協同性
- Monod-Wyman-Changeux(MWC)モデル
4.3 モデル系:バクテリオファージ
- 「生物学の水素原子」
- 生活環が短い(20分)
- 大量のウィスルを同時にアッセイできる
- ゲノムサイズが小さい
- ウィルスとして構造が単純
- 実験1:微生物の変異と選択(揺らぎテスト)
- バクテリオファージに耐性を持つ細菌が生じるのは確率的
- 実験2:Hershey–Chaseの実験
- タンパク質ではなくDNAが遺伝物質の担い手
- ウィスルの感染方法
- 実験3:BenzerのT4ファージの実験
- 遺伝子地図の作成
- 配列としての遺伝子(物理的な広がるを持つ領域として)
- 実験4:遺伝子の三つ組仮説の検証
- 遺伝暗号としてのコドンの確認
- 実験5:mRNAの機能的役割に関する実験
- mRNAがタンパク質合成の中間として働くことの証拠として
- 実験6:生活環の制御と遺伝子制御の実験
- ある種のバクテリオファージは感染後に溶原化することがある
- 遺伝子スイッチの発見
- リプレッサーとアクチベーター
- 実験7:分子モーターの測定
- 光ピンセットによる分子レベルでの力学的計測
参考:モデルの発展
最後に本章の中で示唆に富む文章があったので引用しておく.一見して全く異なる現象だと思われたものが,実は同じモデルで説明が付くということが往々にして起こるということだろうか.いわゆる「巨人の肩の上に立つ」という名言にも繋がる面白い表現だと思う.それとは逆に「大抵のことはだいたい他の人が考えてる」とも言う.
「あるモデル系がもう使い尽くされて無用になってしまったかに見えるちょうどそのとき,灰から蘇る不死鳥のように,これらのモデル系は新しいクラスの現象の基礎をなすモデルとして,新しい文脈で再登場する」
(「細胞の物理生物学」P.157)
“Just when it seems that a particular model system has exhausted its usefulness, like a phoenix from the ashes, these model systems reemerge in some new context providing a model basis for some new class of phenomena.”
(”Physical Biology of the Cell” P.153)