37signals(現Basecamp)の最新の著作.今回は社員が自宅で働くというリモートワークに焦点をあて,オフィスに束縛される現代の働き方に疑問を投げかける.前作「小さなチーム、大きな仕事」と同様に,切れ味の良い語り口と豊富な挿絵で通説をぶったぎるさまは健在だ.37signalsは創業当時から国をまたいだリモートワークを実践して成長してきたという実績があり,自社の経験に裏打ちされた方法論は非常に説得力のあるものとなっている.

著者らは,リモートワークに踏み切れない会社と毎日オフィスに束縛されている社員を説き伏せる.そんな非効率なことはやめよう,と.今の技術ではリモートでも十二分に働らく環境は実現できるし,実際にリモートワークにすると会社に掛かるコストが減ることだって数字に表れている.オフィスで同じ空間をともにしたり会議で向き合って意見を出し合うこともいいけど,リモートだってそれは可能だ.また,社員が働かなくなるかが不安になるのは社員を管理しようとする行為のせいであり,むしろリモートでは働き過ぎてしまうのが問題であり,管理すべきは別にあるという.

ただし,オフィスを完全になくせと言っているわけではない.実際37signalsもオフィスを持っているし,年に数回は社員全員が集まってミーティングもしている.何度か顔を突き合わせて喋ることにより,インターネット上でのコミュニケーションがより円滑になるそうだ.つまり,リモートを補完するためのオフィスであり,オフィスを補完するためのリモートとして,うまいこと組み合わせることで効率化を目指しているということだ.リモートワークの導入だって一筋縄ではいかないのを承知で,最初は一部署単位で初めてみるとか,週に2日だけリモートワークにするとか,さまざまな案も本書の中で提案している.

リモートワークの最終目標は,社員が一番活躍できる環境を実現することにある.Googleやベンチャー企業が無理をしてでも社内をデコレーションしたり食事を無料にしたりして環境を整えるのは,まさに働く環境のためであり,一方でオフィスという囲いに窮屈感を感じていることのあらわれでもある.趣味や家庭などの自分の好きな場所にいられることの大切さは,何事にも代え難い.それを実現する方法としてのリモートワークという働き方である.37signalsの社員の中には,旅行しながら仕事をしているメンバーもいるそうだ.短い休暇をやりくりして旅行を計画する必要はなく,好きなように移動して気に入った場所に滞在しながら働くことができる.そういった自分に合ったワークスタイルを選べる自由さが,これからの働き方なのかもしれない.



空いた時間にたまたま本屋で見つけて,空いた時間でざっと読んだのだけれども,まあ元は取れたかなぁというくらいには面白かった.内容としては,ライフハックとかクリエイティブとかに代表されるようなウェブに転がってそうなトピックばかりだし,それこそ本書まるまるウェブサイトに上がってても違和感無いような分量でもある.でも本書はある意味で一貫していて,それこそウェブにはない編集の力のようなものを感じる.本書の主張は端的に言えば「STEAL LIKE AN ARTIST」,クリエイティビティは先人の優れた作品を盗むことから生まれるということだ.そこから派生して,情報を選別して自分のモノにすること,アイデアは抱え込まないで他人と共有することなどなど,まあ言ってしまえば,話自体はハッカー文化とかエンジニア文化とかなり親和性が高い.そういうのが本書に影響しているのか,単に最近のトレンドなのか分からないけど,まあひとつの生き方として筋が通っているし,自分もそうありたいと思うことが多い.



タイトル「人に強くなる極意」とはまた編集者が付けたような新書向けのキャッチーな題名だが,中身もなかなか幅広く社会での立ち回り方などのコミュニケーションに関する全般的な内容となっている.その中で著者は,

  • 怒らない
  • びびらない
  • 飾らない
  • 侮らない
  • 断らない
  • お金に振り回されない
  • あきらめない
  • 先送りしない

という8つに集約し,これがそのまま目次となる形で,その指針を述べている.それぞれには,自分の外交官時代の教訓であったり逮捕起訴後の拘留期間での出来事を絡めつつ,それこそ「人に強く」あるにはどうすべきかということが語られる.例えば,冒頭の怒らないという章では,人が怒るというのはどういう状態かというところから始まり,怒ることの意味を考える事で余計な不安や困惑から解放される方法,立場が上の人間が怒ることによる効果が示される.怒っている人がただ体育会系っぽくてただ怒りっぽいからということ以上の何かが怒るという行為自体には含まれていて,指導であったり鶴の一声として効き目があるのだということを実際に感じることができる.こういったことを理解すれば,人に怒られたときでも,人を怒るときでも「人に強く」なれるということなのかもしれない.

さて,このような実体験と教訓が幾つも出てくるわけだが,本書のユニークだと思う点がひとつあり,こういう系のよくある自己啓発本ならこれは書かないだろうと思うことがある.それは人と組織との関係だ.しかも,組織が人に対して行使できる圧力であったり影響力についてである.ここで言う組織とは,自分が所属している会社や,国家そのものである.もちろん自分自身が所属しているものだ.普段ならそれほど意識しないような,または自分の味方だと考えているような存在ではあるが,実は総体の意志として個人に対して牙を向くということがある.ひとことで言えば,融通が効かなくなる瞬間だ.味方だったものが敵になる,通用していたものが通用しなくなる,やってることは同じなのに組織の状況が変わった途端に手のひら返しをされてしまうことがある.そういった潜在的な危険を孕んでいる関係性に対して,個人がどのように認識し接していけばいいのかということがポイントとなる.この問題について圧倒的なリアルさでもって人に指導できるのは,実際にそのような目に会った著者自身だからだろう.関係性を断ち切ることはできないが,あらかじめ予防線を張っておくことはできる.そのために考えておくこともまた,「人に強く」なるための一つの方法といえる.



この章のまとめ

3章では,生物を取り巻く「時間」を扱う.細胞内の化学反応などのナノセカンドスケールから,生物の進化のスケールまで,様々な時間というものが考えられる.前半では一般的な生物学的時間スケールについての数の感覚をつかむために,様々なオーダーの生物現象の時間について扱いつつ,後半ではそれらを進行時間・相対的時間・操作される時間の3つの時間に大別して,その特徴や機構について見ていく.

この章のポイントとしては,

  • 生物を取り巻く時間の数の感覚を理解することに
  • 生物が時間をどう「操作」しているのか

だろう.一つ目は前章と同様にオーダーレベルで生物現象の時間を把握することだが,それと同時に「なぜそれくらい時間がかかるのか」といった時間を規定するより低次な現象についても考慮していく必要がある.原子の大きさに比べて生物のサイズがなぜこれほどまでに大きいのかという前章の疑問と同様に,なぜ生物は今の時間スケールで生きているのかということが,各時間スケールを俯瞰することにより理解できる.二つ目は抽象的な言い方をしているが,化学反応や物理現象は時間という一方向にしか進まないものを,いかに生物が都合の良いように調節しているかということである.そこには,時計のような周期性の仕組みであったり,タイミングを同期するようなチェック機構,反応時間自体の調節などがある.

3.1 時間スケールの階層性

  • 様々な生物学的時間の階層(おおよそ対数スケール)
    • ショウジョウバエの発生
    • ショウジョウバエの胚の初期発生段階
    • 細菌の細胞分裂
    • 細胞の運動
    • タンパク質合成
    • 転写
    • イオンチャネルの開閉
    • 酵素による触媒反応
  • 生物学的時間の測定
    • 直接的観測
      • 実際に裸眼や光学顕微鏡で観測した対象の変化を見る
    • 固定した時間での観測
      • ある時間間隔で測定し,集団の性質の経時変化を見る
      • 計測によって対象が変化してしまう場合に有効
        • 細胞が壊れてしまうとか死んでしまうとか
    • パルス追跡
      • 放射性炭素によるラベリング
    • 生成物の蓄積の観測
      • 生成物の濃度や蛍光強度を計測する
  • 進化のスケール
    • 共通祖先の存在(LUCA:last universal common ancestor)
    • 進化の過程を直接測定することは難しい
      • 化石の分析
      • 現存する種の比較
        • 形態学的な特徴
        • DNA配列の類似性
    • こういった測定には標準的な時間を計るストップウォッチのようなものが必要
  • 大腸菌の時間
    • 最少培地での増殖速度は3,000秒(50分)

3.2 進行時間

多くのステップからなる生物現象の時間や,時計や振動の機構について見ていく.

  • セントラルドグマ
    • それぞれのステップのに関わる高分子の速度が関わってくる
      • DNA複製:レプリソーム(約1,000 bp/s)
      • 転写:RNAポリメラーゼ(約40 nucleotide/s)
      • 翻訳:リボソーム(約15 aa/s)
  • 時計と振動
    • 時計のような振動する機構は,その一部分の時間を使って振動周期を決めるようコントロールされている
    • 基本的に活性化と抑制の組み合わせ
    • e.g. 初期胚の細胞周期
        1. サイクリンのタンパク質合成
        1. 閾値を超えるサイクリンの蓄積によるサイクリン依存キナーゼの活性
        1. キナーゼの標的タンパク質によるサイクリンタンパク質の分解分解
    • e.g. シアノバクテリアの概日リズム

3.3 相対的時間

関係した過程の順番を保証するような機構について見ていく

真核生物の細胞周期や複雑な機構の生成

複雑な制御やチェック機構を実現するために,遺伝子ネットワークによって遺伝子発現の順序がプログラムされている.

  • 複雑な細胞周期とチェックポイント
    • G_1 (ギャップ1)
      • 細胞サイズや周囲の環境のチェック
      • DNA損傷のチェック
    • S (核内DNAの複製)
      • なし
    • G_2 (ギャップ2)
      • DNAの複製のチェック
    • M (核分裂,細胞分裂)
      • 染色体と紡錘体の結合のチェック
  • タンパク質がプロモータ領域に結合することによる転写制御
    • 抑制:転写を物理的に妨害(ネガティブな制御)
    • 活性化:RNAポリメラーゼを誘導(ポジティブな制御)
  • 実験による相対的時間の計測
    • e.g. カウロバクターの細胞分裂
      • 細胞周期を同期させ,一定時間おきにDNAマイクロアレイでmRNAの発現量を計測する
      • ゲノムの20%程度が細胞周期に従うmRNAの時間変化を示した→細胞周期に関わっている
    • e.g. 大腸菌のべん毛の形成
      • べん毛を構成する高分子に対応する遺伝子の発現強度をGFPを用いて計測する
      • 関連する遺伝子産物が段階的に生成されていく様子が観測される

ウィルスの生活環

バクテリオファージの場合,ウィスルの付着から溶菌まで30分程度で完了する.

  • ウィルスの自己複製の過程
    • 付着による感染・DNA注入
    • 転写・翻訳
    • 集合・詰め込み
    • 溶菌

発生過程

多細胞生物の発生過程において,受精卵だった1つの核の分裂や細胞の空間的な移動が正確に調整され,胚発生に関する遺伝子がカスケード的に働くことによりパターンの形成が行われる.

  • ギャップ遺伝子
    • 胚を前部,中部,後部の3つの領域に分割する
  • ペアルール遺伝子
    • 7本の縞模様を作る
  • 体節極性遺伝子
    • 14本の縞模様を作る

3.4 操作される時間

細胞内部では自然に起こる物理的な速度を超えて,生物が能動的に化学反応や物質輸送の速度を上昇させる.こういった速度を操作する機構について見ていく.

  • 酵素反応
    • 通常の化学反応では非常に長い時間がかかる
    • 酵素を触媒として使うことにより反応の時間をオーダーレベルで加速させる
    • e.g. トリースリン酸異性化酵素は反応速度を109 倍にする
  • 細胞内の物質輸送
    • ブラウン運動による移動はランダムであり,拡散する時間は長さのスケールに依存する
      • は拡散係数,は距離)
      • 濃度にも関連する
    • 分子モーターにより細胞内輸送を行う
      • アクチンフィラメントにおけるキネシンとダイニン
    • 膜タンパクのチャネルとポンプ
      • イオン輸送・イオンの濃度勾配を保つ
  • DNAの複製速度
    • 最少培地では大腸菌の分裂は3,000 s程度で,染色体の複製フォークの最高スピード程度で実現できる.
      • しかし実際には,環境が良ければ1,200 s程度で分裂できる
    • 染色体の複製は並列で行われる
      • 大腸菌よりもゲノムサイズが大きいアフリカツメガエルの初期胚でも30分程度で分裂することができる
      • 真核生物は幾つかの染色体に分割され,複数の異なる開始点から同時に複製が始まる
  • 卵と胞子
    • 細胞の成長と分裂を分離することができる
    • 胞子の休眠や冬眠


電車の中で女の子が「コンピュータの数学」を読んでいるという一つの奇妙な物語のことを,当時リアルタイムで読んでいた私もよく覚えている.Webサイトに掲載されている数学の面白い文章があるというだけで,知的好奇心を満たす手軽な読み物として楽しんでいた.それが将来「数学ガール」シリーズとして,確固たる地位を確立するとは思わなかったが….

本書は,「数学ガール」シリーズの著者である結城浩氏が行った2つの講演を元にしている.一つは公立はこだて未来大学での教員と学生を対象にした講演,もう一つは編集者などを対象にした勉強会で,そのどちらも数学ガールというヒット作が誕生した経緯や作品への取り組みがテーマである.例えば,そもそも著者が自分のWebサイト上で個人的に書き始めた短編がきっかけであること,元々シリーズになる予定は無くタイトルに連番を振るのをためらったこと,ゲーデルの不完全性定理を書くことを反対されたことなどなど,数学ガールの歴史を紐解きつつ,その裏舞台を紹介してくれる.それと同時に,なぜこのようなヒット作となったのか,数学という難しいとされる題材を高校生の物語に乗せて見事に描き切ったのかといった秘訣について,著者が自己分析をしている興味深い内容となっている.そういった一連のシリーズの歴史を通して,出版であったり教育に対して結城浩氏がどう捉えているのかを垣間見ることができる.

詳しい内容は本書を読んでいただくとして,恐らく根底に流れるスタンスは一貫して「読者のことを考える」ということだろう.では,読者とは誰か,どういった人を対象にするのか,その人が作品を向き合ったときに何を考えるのか,何を知りたいのか,どう理解していくのか,そういったことを突き詰めていった結果がこの「数学ガール」シリーズなのだという.だから,そもそも最初の読者である自分が理解していないことは書けないし,一方で数学者とは異なる視点から一般の人に向けた数学の体系を描くこともできる.そういった執筆の背景を理解すると,「数学ガール」シリーズを読み進めていくときの心地よさであったり,理解へと繋がる一瞬の感覚の理由というものが理解できる気がする.

著者曰く「物理ガール」や「情報ガール」は,自然科学や工学に根ざしているという理由でちょっと難しいそうだ.二匹目のドジョウは難しいかもしれないが,人に教えるという行為について本書から学べることはたくさんあるだろう.また,数学ガール自体のファンにとっても,数学ガールの漫画化であったり海外展開の話,そして最初に書いた「コンピュータの数学」にまつわる短い読み切りなどなど,十分に楽しめる一冊となっている.