建築について前から勉強したいと思って初心者向けの本を探していたのだけれども,本書はまさに入門書としてピッタリの本だった.最初は住宅設計に関する学生向けにかかれていたそうだが,家を建てたいという一般の人にでもわかるようにも工夫されたそうで,それほど専門的ではないながらも住宅設計のコアの考え方が詰まっている.

本書の内容について,著者は冒頭「はじめに」で

本書の大半は,そうした定石が「なぜそうなっているのか」を,私なりに解読したページです

住まいの解剖図鑑」 P.7

と書いている.ここで言う定石とは「ごくありふれたモノやカタチ」であって,私たちが住宅でよく見かける,または何気なしに使っているもののことだ.屋根のカタチ,玄関のカタチ,ドアのカタチなどなど,たくさんの住宅を並べてパターンを見ると意外と共通点が存在する.そしてそれらの定石といえるパターンには,実は共通した理由がある.成るべくして成っているとも言えるそれらの理由を紐解いていこうというのが本書の流れだ.ページをパラパラめくると個別の間取りやカタチが並んでいるだけに見えるが,実はそれぞれにしっかりとした理由が明記されており,それらに共通する考え方が見えてくる.上の引用と同じく著者はそれを「一つのゴールを示すのではなく,たくさんのスタート地点を並べたガイドブック」だと呼んでいる.さすが大学の教員もされている著者だけのことはある.

中身が素晴らしいのは言うまでもなく,個人的にはこのタイトルがとても良いと思う.解剖学というと,ヒトだったら個々のパーツの形や性質を観察して,そこから人間という構造や機能を理解していく学問のことだ.本書はまさにその住宅バージョンと言える.家のそれぞれの部分を取り出して,その形を観察してパターンを探したり機能を考えたりしてく.ただしそれで終わってしまっては,解剖学にならない.そういった部品を組み合わせて,最終的にはひとつの家として,そして周りの家との相互作用を含めて組み上げていく.そしてそこには人間を中心にして作られるという究極のテーマが存在する.まさに解剖図鑑と称するに相応しい一冊だ.

「解剖図鑑」シリーズは,現在のところ

の4冊が出ているそうなので,他も読んでみたいと思う.



世界的人気ブログZen Habitsなどレオ・バボータの文章の日本語訳 - YAMDAS現更新履歴

上の記事でレオ・バボータのことを知って本書を手にとった.別に気持ちが楽になりたいというわけでもないのだけれど,そこらのまとめサイトの雑な受け売りではなく,一通り元ネタを知っておきたいという気持ちが常にあるからだ.ざっと読んで内容と著者の名前を覚えておければそれで良かった.

本書の主張はほんとうにシンプルで「制約をつければ重要なことにフォーカスできる」というもの.やりたいことを減らす,仕事の量を減らす,メールを読む量を減らす.そうやって自分に制限を課すことによって,自然と重要そうなことだけしかやれないような状態になる.そうすれば,人生や仕事にクリティカルに効いてくるようなことに絞った行動ができるし,逆に不必要なことに時間を割くこともなくなる.そして生活はシンプルになって,結果としてハッピーだというわけだ.


言っていることはまあそうだよねという感じ.それよりも,伝え方が巧い.言ってしまえばどんな人間だって,これをすれば理想の方向に持っていけるような方法に落としこんでいる.どんなに怠惰で意志が弱くてやりたい事なんて無いというような人であっても,この方法を実践できるし(したいかどうかは別),実践すればある程度の成果を出せる.一方で,もともと生産性の高い人でも,仕事以外では成功していなかったり,何かを犠牲にしている場合があるわけで,そうしたケースにも対応できている.

さて,この方法の前提には,だれもが「多ければ多いほど良い」と考えているという,ある種の本能的な価値観がある.労働時間に応じて給料が上がるならば,労働時間を増やせば手に入るお金も多くなるといった感覚だ.この具体的なケースが正しいかどうかはまあ置いておいて,日常的なものごとというものは基本的に出した分だけ見返りも多いことが多い.そうすると,みんな欲求のもとになるものを増やそうとする.それ自体は間違ってはいないんだけど,そもそも効率を考えていないし,選択しないという悪い習慣に繋がるというのが一番の問題になる.それが本書の根底にあるみんなの悪い癖だ.その癖をなくそうと思っても,減らすと見返りも減ると思い込んでいるから,なかなか成功しない.だから本書のような方法で強制的に制限をかけることで,なんとかしようということだ.

中には「量をこなせば質になる」と考える人もいるだろうが,それはある意味あっていて,同時にまちがっている.質に変化させる段階で見極める力を身につけていないと,結局数撃ちゃ当たる戦法からは抜け出せない.ちなみに,この量から質に持って行こうとする方法を「イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」」という本の中では「犬の道」と言い表している.言い得て妙というか,まあ人間なんだから頭使えよということだろう.

こういうことに自覚的な人でもそうでない人も,とりあえず本書のようなことをすれば大体は自然と良い方向に行くと思う.中にはシンプルを崇拝しすぎて必要なものまで削ってしまうような人も出てくるかもしれないけれど,まあほどほどということをわきまえた上でやってみると,上手くいくかもしれない.



映画が始まる前に読んでおこうと思って読んだ作品.本作品を原作としてハリウッドで映画化され,向こうでは”Edge of Tomorrow”という題になっているそうだ.Rotten Tomatoes評をみるかぎり,なかなか評判は良さそうなので期待が高まる.

これを読んで一番に思い浮かべたのがダンカン・ジョーンズの「ミッション: 8ミニッツ」だった.といっても,本書が出たのが2004年,映画は2011年.個人的にアイデアのオリジナリティとかは気にしないのでそれはどうでもいいとして,両者ともに主人公の心情の変化というものが同じ軌跡をなぞるようで面白い.ループの最初はとまどい現状の認識に手一杯なのだけれども,次第に理解をしてその中で自由に動けるまでになる.そして最終的にはその時間に愛着を抱くようになり,目標の達成とともにその愛する時間は終わってしまう.逆に結末はまったく違う.一方は理想的な解を見つけて愛する人と結ばれ,もう一方は愛する人を失いながらも残酷な世界を生き抜く.時間が終わること自体がオチなのだけれど,その先に提示される世界に作り手が考える人間の生きることの捉え方が表れているようで,その点も興味深い.

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉があるが,この場合は不思議さを完全に払拭するような明確な理由がある.だがそれは周りからは認識できないし,能力や成績などの結果からしか推測することができない.たとえそれを外部が認識したとして,無限回の試行を勝ちの理由にできるんだろうか.全探索に近いような繰り返しでパターンを覚えたから? それとも無限回の試行で訓練されたから? それはある意味で機械学習の文脈での過学習のような気もするし,目的関数の最適解への収束にも取れる.まあループが繰り返したりネストせずにその場限りなら,どちらにせよループの末の結論が本人の納得という意味で正しいのだろうけれども,そうして生き延びた彼ら/彼女らの将来を思慮せずにはいられない.



なんともショッキングなタイトルだけれど,それに名前負けしないほどの内容の濃い興味深い本だった.本書はコンサルティング業界に長年勤めた著者による,業界内部で行われている一見立派で頭が良くて有効そうな仕事がいかにハッタリであるかということを暴露する本である.もう少し正確に言えば,そうしたコンサルティングのやり方は結局は銀の弾丸ではなくて,成功する場合もあるし失敗する場合もあるし,実際には顧客を振り回すだけの代物にすぎない.一番大事なことは,そういうことを踏まえた上で,コンサルティングとは究極的には人との対話による理解なのだということが本書の主張である.コンサルが悪ということを中の人が認めたということで溜飲を下げる本では決して無いことに注意.

コンサルティング業は常にエリートが集う華々しい業界であることには間違いない.人の会社に行っては口出しをするのが彼ら/彼女らの仕事だ.会社の方針を決めたり事業レベルで効率化や業務システムの最適化を行い,目もくらむような高給で考えられないほど大量の仕事をこなす.論理的な分析で複雑なフレームワークを駆使する様は,まさに職人芸である.しかし,そんなコンサルタントであっても将来だけは予測することができない.だから予測が外れてしまった場合には,望んだ結果が得られないどころか,最悪企業が潰れてしまうことだってある.

といって,じゃあコンサルティングは虚業で意味のない金食い虫だというかと,必ずしもそうではない.自社だけではできない内部の効率化やレイオフは内部の利害を超えて第三者だからできることだし,戦略立案こそ本当に企業が必要としていることである.例えば,戦略計画を立てることに関して,以下のようなことを言っている.

問題は,人びとが戦略計画イコール解決策だと信じてきたことにある.だが,計画自体にはほとんど価値はない.名高い将軍たちが示したとおり,計画を立てる過程にこそ価値があるのだ.

申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」P.59

つまり,コンサル会社が立てた戦略計画の紙の束が重要なんじゃなくて,立案の過程で行った調査や研究自体が有用なのだと.そしてそれは将来的な計画変更のときにも大いに役に立つということだ.

経営戦略や最適化プロセス,リーダーシップなど他の分野でも上と同様に,コンサルティングを取り巻く問題点と解決法が一通り提示される.結論も重要ながら,その考え方自体も興味深い.それに,それぞれの分野が,どのように発展してきたのか,誰が始めに言い始めたのかといった歴史が紹介されるのも本書の特徴だ.どこぞの教授が論文に書いたのが始まりだとか,あのコンサル会社から広がったとか,そういった経緯も,業界の裏側を覗いているようで面白い.



レジリエンスとは「精神的な打たれ強さであり感情をコントロールできる強い自己規律」のことを言うそうだ.世界で活躍するエリートには,そのレジリエンスというものがあるからこそ活躍でき,逆に言えばレジリエンスがない人はキャリアの途中で挫折したり成果が出なかったりするらしい.そういった精神的な部分はビジネススクールではあまり教えてくれないから重要だという.著者はP&G出身者で現在はレジリエンスを専門にした社会人向けの心的ケアの会社を立ち上げている.

内容に入る前にまずレジリエンスという聞きなれない言葉なのだけれども,本書を読む限りだと,特段新しい考え方や方法論を言い表しているわけではなさそうだ.レリジエンスという体系が出来上がっているようには見えず,単に小手先のテクニック集にしかなっていないと感じる.いちおう本書の流れとしては失敗とそこからの再生に沿って話が進むけれども…….具体的な内容としては,精神的な強さが必要でそれを実現するにはこういうことをすべきだということが手を替え品を替えて説明される.それぞれに取って付けたような心理学の研究結果みたいなものが理論付けとして述べられるが,因果と相関の違いがわかってないんじゃないかと思う部分も多い.もちろん個別の内容がすべて悪いというわけではなく,例えば失敗に対して予期できる失敗とアクシデンタルな失敗を区別して考えるべきとか,感情をコントロールするには自分で自分を分析して一歩引いた目線で考えろとか,そういったテクニックとしてはいいんだけど,それで終わりという感じ.

多くの人は当然ながらストレスを抱え込みたくないし,失敗だってしたくないし,ポジティブに日々を過ごして仕事で成果を出したいと思うはずだ.そういう時にこそ自分を変えようと思って他人の人生であったり優秀な人の習慣を参考にするのだろうけれども,今回の場合は本で読んでも感動は薄いし,まあこういった内容は自己啓発セミナー向けかなぁ.