この章のまとめ
この2章では,前回のようにモデルとなる大腸菌における様々な数や性質を紹介した後に,生物を構成する構造を大きさのオーダーごとに階層に分けて,各階層ごとの特徴について述べている.単に生物の構造を列挙しているだけに見えるが,それぞれがどの大きさレベルでの話をしているのかを把握し,それらの関係性を理解することが重要となる.ある構造を形作る小さな構造の集合という視点で眺めれば,生物の持つ複雑さを単純化して理解することができる.
大腸菌の概要
モデル生物としての大腸菌
大腸菌は以下の理由により実験的に扱いやすく,分割できる最小単位である単細胞の生物としての標準的な「ものさし」として利用が可能である.
- 採取が容易
- 好気条件下で増える
- 実験室での培養が可能で,生育環境も変えやすい
- 変異体の作成が容易(遺伝子操作)
実際に大腸菌に含まれているタンパク質の測り方
代表的な方法として,2次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動により細胞内に入り混じったタンパク質を分離することができる.
- 横方向:pH:電場の印加
- 縦方向:分子量:電荷を持った界面活性剤に固定させる
生物学的構造を調べる実験手法
- 計測方法
- 対象とする構造との相互作用を測る
- 対象とする構造に力を加える
具体的には,以下のような実験がある.
- 光学顕微鏡
- 特定の構造上に分布した蛍光物質から出る光を計測する
- 原子間力顕微鏡
- 表面を走査して構造の外形を計測する
- 電子顕微鏡,低温電子トモグラフィ
- 試料に放射した電子線やX線が散乱する様子を計測することによって内部構造を再構成する
大腸菌のスケール
図表参考.これから先はズームインしていく段階とズームアウトしていく段階をそれぞれ追いつつ,それらが成り立つ上での構造を詳しく見ていく.
様々な細胞とその構造
まず細胞からスタートする.ひとえに細胞と言っても,その大きさや機能は様々である.先ほど扱った大腸菌以外にも,単細胞の真核生物であったり多細胞生物の機能ごとに分化した細胞などがある.
- 原生生物
- 植物細胞
- 出芽酵母
- 単細胞の真核生物のモデル生物
- 赤血球,線維芽細胞,ニューロン,網膜桿体細胞
- 高度に専門化した細胞
スケールを下げて眺める
細胞小器官
細胞小器官が集まって細胞を構成している.
- 小胞体
- ゴルジ体
- ミトコンドリア
- リソソーム
これらに加えて,特定の機能に特化した細胞は,他の細胞にはない高度に専門化した細胞小器官を持っている場合がある.
生体高分子集合体
生体高分子集合体が集まって細胞小器官を構成している.
- タンパク質,核酸,糖,脂質などが集まった通常の複合体
- 10nmスケールの生体高分子の集合として,重要な機能を持つ
- e.g. ヌクレオソーム,核孔複合体,レプリソーム,リボソーム,プロテアソーム,ATP合成酵素
- 特定の高分子のユニットが連なった,らせん複合体
- 同じ構造単位が繰り返され幾何的構造を取る
- e.g. 微小管,細菌のべん毛,タバコモザイクウィルス,コラーゲン繊維,DNA
これらの高分子集合体が集まって,特徴的な細胞内構造を取ることもある.
- 小胞体
- 小胞体膜とリボソーム
- 飛翔筋肉
- 筋原線維(ミオシンフィラメントの集合)
- ミトコンドリア
- 上皮細胞
- 微繊毛
また,ウィルスは生体高分子集合体の中でも特殊な分類に入る.独立した複製という細胞としての基本機能は持たないものの,宿主に寄生して自己増殖ができるという特徴を持つ.
キャプシドの多様性
- 20面体のタンパク質の殻で,中にウィルスの遺伝物質が入っている
HIV
生体高分子
生体高分子が集まって生体高分子集合体を構成している.
- タンパク質
- アミノ酸の配列
- 球と棒による表示,空間充填表示,リボン表示などの表現方法がある
スケールを上げて眺める
多細胞性
単体で生きることのできる細胞が集まることでコミュニケーションを行い協力する.
- ストロマトライトの原始的なコロニー
- 細菌のバイオフィルム
- 粘菌の移動体と子実体
多細胞生物
多細胞生物は以下の3つの要素を獲得することにより,細胞の集合体としてより大きく多機能な生物個体を形成することができる.
- 多細胞生物の細胞の大きさと複雑さの3つの要素
- 大きな細胞共同体を構造的に支える細胞外マトリックス
- e.g. 結合組織や上皮シート
- 同じゲノム情報を持ちつつも別の機能を演じることができるような専門化
- e.g. 上皮細胞やニューロンなど
- 細胞が互いにコミュニケーションを取るための精巧な機構
- e.g. ニューロンにおけるシナプス
- 大きな細胞共同体を構造的に支える細胞外マトリックス
個々の多細胞生物
生物個体を超えたさらに高次のレベルとして,ヒトと,ヒトの体に存在する微生物細胞群の関係も生態系として考えられる.